第13回岩手甲状腺眼症研究会抄録
1.特別講演Ⅰ
甲状腺眼症の現状と新規薬剤テプロツムマブについて
さっぽろ甲状腺診療所
院長 岩久 建志 先生
甲状腺眼症はバセドウ病や慢性甲状腺炎に併存する眼窩組織の自己免疫性炎症性疾患で、多彩な眼症候を呈し、重症例では複視や視力障害を引き起こし、最重症例は甲状腺視神経症や角膜の潰瘍, 穿孔, 壊死を来し失明に至るため生活の質の著しい低下をきたす。有病率は 0.034%, 平均年齢 44.6歳, 女性 76%, 原疾患はバセドウ病 70.8%, 慢性甲状腺炎 9.4%とされている。TSH受容体, insulin like growth factor 1 (IGF-1)受容体などに対する自己免疫機序が考えられており、喫煙が増悪因子とされている。眼窩の線維芽細胞が活性化に伴う脂肪組織の増生, 外眼筋腫大をきたし、上眼瞼後退, 眼瞼腫脹, 眼球突出, 涙液分泌低下, 結膜・角膜障害を引き起こす。疾患活動性はClinical activity score (CAS), 重症度はNOSPECS分類によるOphthalmopathy indexで評価され重症度に応じて治療がなされるが、眼窩MRI検査特にshort TI inversion recovery(STIR)画像が疾患の活動性や病態の評価に有用とされている。重症度により治療方針が異なるが甲状腺機能の正常化をはかり、全例禁煙を勧める。最重症例は失明の回避を目的として甲状腺眼症の治療を優先し、至急ステロイドパルス治療を行い、2週間で改善が得られない場合は眼窩減圧術を検討する。活動性のある中等症-重症例はステロイドパルス治療と放射線外照射の併用が推奨される。眼窩MRIによる眼症の活動性や重症度の評価ができる場合は、病態に合わせて、トリアムシノロン局所注射やボツリヌス毒素の局所注射の併用も検討する。非活動期になった時点で複視等が残存した場合は眼科的な視機能回復手術を行う。近年の動向として、2020年1月に米国食品医薬品局(FDA)は、甲状腺眼症の病因に対しての治療が可能なIGF-1受容体の標的阻害薬である完全ヒト型モノクローナル抗体(mAb)のテプロツムマブを甲状腺眼症の治療薬として承認した。テプロツムマブが本邦でも承認され、甲状腺眼症に対する治療の選択肢が広がることが期待される。
2.特別講演Ⅱ
甲状腺眼症治療の今と未来
オリンピア眼科病院
副院長 神前 あい 先生
日本では活動期の甲状腺眼症は、ステロイドパルス治療が第一選択である。その他、ステロイド局所注射や球後放射線治療で外眼筋の炎症性肥大に対してはかなりの消炎効果はみられている。一方で脂肪織腫大による眼球突出はステロイドの効果が期待できず、非活動期の眼窩減圧術が唯一の治療法となっている。インスリン様成長因子-1受容体(IGF-1R)を標的とするモノクローナル抗体であるテプロツムマブは初の甲状腺眼症の治療薬としてFDAに承認された。IGF-IRは眼窩線維芽細胞の活性化を抑制し、サイトカインやヒアルロン酸産生が抑制され、脂肪組織や外眼筋の腫大が改善することで、眼球突出や眼球運動が改善するといわれている。日本においてもテプロツムマブの臨床試験が行われ、活動期の症例において24週後に眼球突出が2mm以上改善した症例が88.9%(プラセボ11.1%)という結果がみられた。MRIで外眼筋や脂肪組織の体積の減少もみとめられている。高血糖や聴覚障害などの有害事象がみられることや投薬終了後の再燃の問題はあるが、今後の甲状腺眼症治療の選択肢の一つとなる可能性がある。現在行っている眼症治療に加えて、新薬への期待について講演させていただく。