第11回岩手甲状腺眼症研究会抄録

【 更新日:2022/10/31 】

1.教育講演

甲状腺疾患と糖尿病

岩手医科大学糖尿病・代謝・内分泌内科

小田 知靖 先生

甲状腺機能異常は日常診療において高頻度に遭遇する内分泌異常である。甲状腺ホルモンはさまざまな作用によって糖代謝に影響を及ぼす。代表的な機序として、消化管運動亢進に伴う糖吸収の増加、肝臓でのPEPCK発現増加を介したグリコーゲン分解増加や糖新生の亢進、脂肪組織の分解に伴う血漿遊離脂肪酸の増加、インスリンクリアランスの増加などが挙げられ、甲状腺機能亢進症は糖尿病を増悪させる疾患として認識されている。一方で甲状腺ホルモンは筋肉組織においてはGLUT4の発現増加による糖取り込みの増加や、膵臓β細胞からのインスリン分泌促進作用を有するなど糖代謝を改善させる働きも持っている。以前に我々は、甲状腺機能正常の前糖尿病患者においてFT3とインスリン分泌能に関連があることを示した。この機序としては、膵臓β細胞代償性増殖の促進因子として、FT3がインスリン受容体経路の活性化や、細胞周期調節に関与していることなどが推測された。前糖尿病患者においてFT3は糖尿病への進展を妨げる防御因子としての役割を担っている可能性がある。

さらに、自己免疫機序に伴う1型糖尿病はバセドウ病や慢性甲状腺炎などの甲状腺自己免疫疾患を合併することが多く、糖尿病診療の現場では見逃せない問題である。1型糖尿病の診断後には必ず甲状腺自己抗体を測定し、陰性であっても診療経過中に定期的に抗体の測定を行うことで自己免疫性甲状腺疾患の発症を見逃さない事も大切である。

甲状腺ホルモンはさまざまな臓器に対して多彩な生理作用を有しているが、糖代謝、脂質代謝、肥満などの生活習慣病の基盤をなす病態とも深く関わってくる。糖尿病患者の日常診療においても、甲状腺ホルモンの影響を念頭におきながら、異常を見逃さないように心がけていかなければならない。

2.特別講演Ⅰ

バセドウ病の治療と眼症との関連

野口病院院長 村上 司 先生

バセドウ病による甲状腺機能亢進症に対する標準的な治療法は抗甲状腺薬治療、放射性ヨウ素内用療法、手術である。それぞれの治療において時代とともに若干の変遷はあるが、基本的なところはこの数十年変わっていない。甲状腺眼症を有するバセドウ病の患者さんに対してもこれらのいずれかの治療法が適用されるが、亢進した甲状腺機能を速やかに抑えることと、甲状腺機能低下症に傾けないことが重要である。

これらの治療法の中で、抗甲状腺薬治療と手術とは眼症に対して不利な影響はないと考えられている。一方、放射性ヨウ素内用療法は眼症の活動性や眼症発症の危険因子の有無によっては眼症の発症や増悪を誘発する可能性があることが知られている。このため、放射性ヨウ素内用療法を選択する際には、眼症の活動性や重症度、危険因子によってglucocorticoidの予防投与が推奨される。また、手術に関しては甲状腺亜全摘と全摘との眼症に与える影響の差違、あるいは全摘後にI-131によるablationを追加することの意義が検討されているが、亜全摘と全摘とでは眼症の予後に差がないとする報告が多い。全摘とablationにも長期予後に関しては確定的な効果は証明されていない。

中等症から重症で活動期の眼症、視神経症を伴うような最重症型の眼症では眼症に対する治療と同時に抗甲状腺薬治療による甲状腺機能のコントロールが選択される。それ以外の眼症では抗甲状腺薬治療、放射性ヨウ素内用療法、手術のいずれも適応になるが、放射性ヨウ素内用療法ではglucocorticoid予防投与の適否を考慮することが推奨されている。

最後に、研究段階にあるバセドウ病に対する新規治療とそれらに期待される眼症への効果についても簡単に触れたい。

3.特別講演Ⅱ

甲状腺眼症の病態メカニズムと新規治療薬IGF-1R抗体について

札幌医科大学眼科准教授 日景 史人 先

甲状腺眼症(GO)は眼球周囲組織の炎症・線維化を主体とする自己免疫性疾患であり、眼窩部線維芽細胞(OF)に発現する甲状腺刺激ホルモン受容体(TSHR)とインスリン様成長因 子‐1受容体(IGF-1R)刺激が共役して病態に関与している。我々はOFの3次元オルガノイド培養を用いてGOにおける組織の線維化・硬化を再現する病態モデルを作成し、その分子メカニズムの解明と新規治療薬として注目されているIGF-1R抗体や阻害薬に関しLinsitinibを用いてGO病態モデルに与える影響について検討した。

GO患者6名と対照群6名の患者各々からOFを初期培養し、hanging droplet法を用いてオルガノイドを作成した。マイクロ圧縮法によるオルガノイドの硬度測定ではGO群は対照群と比較し有意に硬く(+50%)、免疫染色ではIII、IV、VI型コラーゲン(COL3,4,6) 及びファイブロネクチン(FN)の有意な沈着を認め、甲状腺刺激ホルモンおよび刺激抗体(M22)によりCOL6とFNの発現および組織硬度が増強した。線維化に関わる遺伝子の検討から低酸素応答因子HIFファミリーに属するHIF2Aの発現がGO群特異的に増強し、HIF2Aがコラーゲン架橋酵素、リシルオキシダーゼ (LOX)、およびCOL6、FNの遺伝子発現を誘導し組織線維化および硬化を引き起こすことが分かった。さらにM22刺激と同時にLinsitinibを作用させるとGO群において硬度の減弱とLOX、COL1,4,6,およびFNの発現低下が認められLinsitinibが組織線維化を有意に減弱させることが分かった。

HIF2A遺伝子によるLOXおよびECM関連遺伝子の発現誘導がGOにおける線維化および硬化を引き起こし、IGF-1R阻害薬であるLinsitinibはその線維化を減弱することにより治療効果を発揮することが予想された。


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