第12回岩手甲状腺眼症研究会抄録
1.教育講演
甲状腺眼症の診断 ~問診、視診編~
岩手医科大学眼科助教
小笠原 聡 先生
甲状腺眼症は甲状腺機能亢進症の25〜50%にみられるが、甲状腺機能正常、まれに甲状腺機能低下症でもみられる。女性に多く、発症年齢は男女とも二峰性であり、女性では40〜44歳と60〜64歳、男性では45〜49歳と65〜69歳と、女性が男性より5歳ほど若い。40歳未満の患者では眼球突出が、中高年では眼球運動制限による複視が主要症状である。
眼科診療では、甲状腺疾患の既往のある患者自身の訴えで受診される場合や他科から甲状腺眼症精査で紹介受診されることが主だが、複視や眼瞼の違和感を訴えて眼科を初診し甲状腺機能異常が見つかる場合も稀ではない。そのため、甲状腺疾患の既往がない眼瞼浮腫などの眼瞼症状や複視を主訴に眼科受診した患者の中から、適切に甲状腺眼症と診断し、甲状腺内科医・外科専門医などとの連携を行うことが、甲状腺眼症診療の第一歩であり、眼科医の役目と考える。
今回、甲状腺眼症を診断する際に大切な問診、視診についてまとめる。問診では、眼窩部の違和感、周辺視での複視、視力低下はよく患者に聞かないと見逃してしまうこともある。さらに、眼瞼腫脹の日内変動や「下方視が楽」と言って顎を上げている、といった甲状腺眼症に気づくためのポイントがある。視診では、眼瞼後退、眼瞼浮腫、眼球突出、眼位の異常などは判断できるが、眼瞼下垂を主訴に受診したものの実際は訴えの反対眼の眼瞼後退であったという例もあるため注意が必要である。これらを鑑別すべき疾患の症例提示と合わせてお話させていただき、明日からの診療にお役立て頂ければ幸いである。
2.特別講演Ⅰ
眼窩減圧術:その光と影
愛知医科大学病院眼形成・眼窩・涙道外科教授
高橋 靖弘 先生
甲状腺眼症においては、眼窩壁によって容積が既定されている眼窩内で軟部組織が炎症性に腫大し、スペースとボリュームに不均衡が生じます。眼窩減圧術は眼窩壁を構成する骨を除去して眼窩のスペースを拡大、または増大した眼窩脂肪を切除して眼窩内のボリュームを減少させることで、この不均衡を解消し眼窩内の除圧を図る手術です。眼窩減圧術の適応は、甲状腺視神経症、兎眼性角膜障害、眼球突出による醜形、及び眼窩内の鬱血による症状です。
眼窩減圧術の歴史は古く、130年前にはすでに施行されていました。その後、より高い減圧効果や合併症リスクの低減を求めて、先人達は様々な工夫を行ってきました。眼窩減圧術の減圧効果の向上は、患者にとって福音をもたらしましたが、一方で重大な手術合併症は依然として未解決な問題として残ってしまいました。
本講演では、外壁減圧、内壁減圧、(内)下壁減圧、脂肪減圧の各術式の特徴、実際の症例の経過、および実際に起きてしまった合併症を提示し、眼窩減圧術の光と影の両者を紹介したいと思います。
3.特別講演Ⅱ
甲状腺眼症の現状と課題 -新規薬剤の展望を含めて-
伊藤病院内科部長 渡邊 奈津子 先生
甲状腺眼症(Thyroid Eye Disease: TED)は、眼窩の自己免疫性炎症性疾患である。TEDの多くは顕性甲状腺機能亢進症を伴うバセドウ病に合併する。その他、甲状腺機能が正常(Euthyroid Graves’ disease)や低下(Hypothyroid Graves’ disease)の場合や橋本病への合併もある。これまで日本におけるTEDの発症率や有病率は不明であったが、最近レセプトビッグデータを用いた解析結果が報告された。340万人のDeSCデータベースの解析では、TEDの発症率は人口10万人年あたり、7.14人(男性4.08人、女性10.1人)であった。JMDCの1300万人のデータベースを用いた我々の解析では、TEDの発症率は人口10万人年あたり7.3人(男性3.6人、女性13.0人)、日本におけるTEDの年齢調整有病者数は34913人(有病率0.034%)と算出され稀少な疾患であると考えられた。
TEDは眼球突出、複視、眼瞼腫脹、視力低下などをひき起しQOLを著しく低下しうるため、適切な診断と治療が必要である。グルココルチコイドはTEDの薬物療法の中心であるが、有害事象に加え、無効例や再発例が少なからず認められることが問題であった。TEDの治療薬として2020年に抗IGF1-I受容体抗体であるTeprotumumabが米国で承認され、TEDに対する薬物療法の中心であるグルココルチコイドに加え、欧米のガイドラインでこのTeprotumumabをはじめとする様々な治療薬を、どのようにTEDの治療戦略に取り入れるべきか、議論がなされている。日本においてもTeprotumumabやTSH受容体(TSH receptor:TSHR)の阻害型抗体であるK1-70TMの治験が行われ将来の承認が期待されている。
本講演では、TEDへの治療の現状と課題、新規薬剤の展望を提示する。