第1回岩手甲状腺眼症研究会抄録
Ⅰ.一般講演(1)
甲状腺眼症の診療ガイドラインと各科の連携の重要性について
小笠原眼科クリニック 小笠原 孝祐
バセドウ病は女性に多く成人女性200人に一人の割合でみられ、男女比は約1:10である。甲状腺眼症も女性に多くみられるが、男性の比率はやや増加し1:6程度と報告されている。
甲状腺眼症の症状は、甲状腺機能異常の影響を受ける原発症状(眼球突出、眼瞼の異常、涙腺の肥大)と、原発症状が原因となって生じるその他の続発症状に分けることができる。続発症状にはドライアイ、眼精疲労、結膜充血、内反症、複視(眼球運動障害)、角膜障害、視神経障害などが含まれ、重症例では患者さんのquality of life(QOL)が著しく損なわれる疾患である。
甲状腺機能異常を来たした患者さんのほとんどが内科医を初診すると思われがちであるが、目の異常が気になるということで内科を受診する前に眼科を訪れる患者さんも稀ではない。この意味においても本症の初期診断はその後の治療に大きな影響を与えることを念頭に置く必要がある。眼科医が甲状腺眼症を診断する上で、眼症と間違えやすい疾患としては重症ドライアイ、緑内障、中枢性外眼筋麻痺、眼窩腫瘍、重症筋無力症などがあげられる。甲状腺眼症の診断にあたっては特徴的な眼瞼腫脹、眼瞼後退を見逃さないことが最も重要と考えられる。また、時期を逸することなく甲状腺専門医を紹介するとともに放射線科医とも連携を取り、甲状腺機能の活動性と治療経過に伴う病状の変化と安定性を知ることが眼症の治療方針の決定を行う上で大切である。重症例においては病院施設によるステロイドのパルス療法や放射線治療の時期を逸することなく、また外眼筋手術に際してはその適切な施行時期を選択することが、甲状腺眼症患者さんの予後を左右すると考えられる。
現在検討が行われている我が国の甲状腺眼症の診療ガイドラインを参考にしながら眼科医、甲状腺内科・外科専門医、放射線科医との診診、病診連携の重要性を強調したいと思う。
Ⅰ.一般講演(2)
外眼筋麻痺と間違われやすい疾患 -甲状腺眼症の2症例-
岩手医科大学眼科 菅原 剛 先生
我々が臨床で遭遇する眼球運動障害の原因として、外眼筋麻痺ではない場合がある。今回はその中から甲状腺眼症の2症例を提示する。
[ 症例1 ] 78歳女性。平成21年7月から上方視での複視を自覚したため、同8月に近医眼科受診。ヘスチャート上、右眼の上転制限がみられたため、右上直筋麻痺の疑いで11月に当科に紹介された。当科初診時,軽度の右眼上転制限あり。頭部MRI検査で、右下直筋に著明な肥厚がみられた。内分泌検査では、TSH:0.01未満( 基準範囲0.41~4.13 μIU/ml )、FT4:1.87( 基準範囲0.95~1.74 ng/dl )、FT3:4.61( 基準範囲2.27~3.90 ng/dl )、抗TSH受容体抗体( TRAb ):43.5%( 基準値15%以下 )、甲状腺刺激抗体( TSAb )1827%( 基準値180%以下 )であった。以上の結果から、バセドウ病の内科的治療を依頼するとともに、甲状腺眼症の活動期と判断し、ステロイドパルス療法を施行した。
[ 症例2 ] 78歳男性。数年前から近医外科で甲状腺機能亢進症のため内服治療を受けており、TSH、FT4、FT3値は基準範囲とのことであった。平成21年9月から上方視での複視を自覚したため、同10月に近医眼科受診。左眼の上転制限がみられたため、外眼筋麻痺の疑いで11月に当科に紹介された。頭部MRI検査で、左下直筋に著明な肥厚がみられ、内分泌検査ではTRAb、TSAbとも高値であったため、甲状腺眼症の活動期としてステロイドパルス療法を施行した。
Ⅰ.一般講演(3)
甲状腺眼症と甲状腺の治療
栗原クリニック・栗原甲状腺研究所 栗原 英夫
バセドウ病の症状は、甲状腺機能亢進症と眼症に大別できる。甲状腺機能亢進症に関しては若年者には手術、成人には放射線ヨード療法を行うことによりほぼ問題なく治療することが可能になったが、バセドウ病眼症に関しては決め手となる適切な治療がないのが現況である。
CatzおよびPerzikらは、バセドウ病眼症の原因はバセドウ病を発症させた甲状腺の中にあるという前提から、バセドウ病眼症の治療に甲状腺全摘を行い、素晴らしい成績を報告している。しかし、Wernerらの追試では甲状腺全摘はバセドウ病眼症に効果はなく、さらにWitteらのバセドウ病症例の全摘50例と亜全摘100例とのprospective randomized studyでも甲状腺全摘と亜全摘との間にはバセドウ病眼症に及ぼす効果に統計学的に有意差はないとのことであった。
当院でも58例のバセドウ病眼症に甲状腺全摘を行い、術後2年以上経過した50例について手術前後の突眼度の変化を調査したが、術後突眼度は平均で0.9mm改善したが、統計学的には有意の改善はなかった(P=0.08)。しかし、前述の全摘50例と同性で年齢、手術時期のほぼ同じバセドウ病亜全摘50例と対比させて比較検討したところ、甲状腺全摘のバセドウ病突眼症に対する効果は統計学的にみて有意に良好であった(P=0.002)。Catzらは甲状腺全摘後に眼症が改善しない症例には甲状腺組織が残っているか、または異所性甲状腺があるためと述べている。
今後当院でも甲状腺全摘後に残組織を放射線ヨードで破壊除去する治療を重症バセドウ病眼症に試みながら、甲状腺と眼症の関係を検討したいと考えている。
Ⅱ.特別講演
甲状腺眼症の診断と治療
兵庫医科大学眼科教授 三村 治 先生
甲状腺眼症は従来はBasedow病に伴って発症する眼症状と考えられていたが、最近では甲状腺機能が正常あるいは低下していても発症することが明らかになってきた。本症は女性では眼瞼症状で初発することが多く、容貌の変化により患者のQOLを大きく損なうが、その早期診断にはMRIが極めて有効である。2008年の欧州甲状腺学会・内分分泌学会からの共同ステートメント(EUGOGO)では、軽症例では治療はせずwait and seeで良いとされ、中等症から重症例ではステロイドのパルス療法が内服より副作用も少なく推奨されるとしている。しかし,彼らの調査でもパルス療法により肝不全は0.8%の頻度で起こるとされ、わが国の甲状腺眼症診療ガイドライン委員会の集計でもパルス療法を受けた患者の約4%に肝機能障害がみられている。
さて私たちは重症・中等症では原則としてパルス療法3クールを行い、眼瞼だけの軽症例ではトリアムシノロンおよびボツリヌス毒素の眼瞼局所注射を行なっている。この眼瞼の局所注射はいずれも患者側の満足度の高いもので、患者のQOLを大きく改善する。さらに重症例のパルス療法抵抗例でもトリアムシノロンの眼窩内注射を行なっている。これら薬物療法を行っても視機能の低下する甲状腺視神経症では眼窩減圧術を、また複視の改善しない患者では最低3か月、できれば6か月待って麻痺性斜視手術を行う。眼瞼手術は前述の薬剤の局所注射により大幅に減少した。