第10回岩手甲状腺眼症研究会抄録
1.教育講演
TSH受容体抗体測定の変遷と課題
ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社シニアアドバイザー
谷川 俊一 先生
バセドウ病における甲状腺機能亢進症は甲状腺刺激ホルモン受容体(TSHR)に対する自己抗体,TSHR抗体(TRAb)が原因となり出現する。TRAbには甲状腺ホルモン産生を促進する甲状腺刺激抗体(TSAb)以外に、TSHのTSHRへの作用を阻害する阻害型抗体(TSBAb)がある。TRAbの測定法には、①標識TSHのブタTSHRへの結合に対する患者TRAbの阻害活性で測定する方法、②標識TSHのヒトTSHRへの結合に対する患者TRAbを定量測定する方法、③ヒトTSHRに対するモノクローナル抗体(MoAb)M22のTSHRへの結合に対する患者TRAbを短時間で定量測定する方法がある。一方で、④ブタ甲状腺細胞を用いて自己抗体結合後のシグナルであるcAMPを測定しTSAb活性測定する方法が現在用いられている。しかし、最近では⑤ヒトTSH 受容体を培養細胞に発現させ、自己抗体結合後のシグナルであるcAMPを利用して、クラゲの発光タンパクであるイクオリンを発光させることでTSAb活性を測定する試薬が開発された。①はTRAb第一世代法、②はTRAb第二世代法、③はTRAb第三世代法と呼ばれ、改良がなされ感度・特異度が改善された。一方、④⑤のTSAb活性測定は、同じバイオアッセイという測定系ではあるが、使用しているTSH受容体並びに検出する発光物質の違いがあり今後、日常診療での有用性が出ると思われる。日常診療に使用されている現在のTRAb測定系は、TSAbとTSBAbを包括した測定結果を示すと考えられているため、時にはバセドウ病の病勢に一致しない測定結果を示し、その解釈に苦慮することがあるといわれていることも事実である。
今回は、TRAb測定系、TSAb測定系の変遷、特徴並びにTRAbとTSAbをどう使い分けるかについて触れたい。
2.特別講演Ⅰ
甲状腺眼症による斜視治療について
兵庫医科大学眼科学講座名誉教授 三村 治 先生
甲状腺眼症(GO)では、眼瞼浮腫、眼球突出と並んで眼球運動障害による斜視が患者のQuality of Lifeを阻害する大きな問題となる。これは主にGOの自己免疫性外眼筋炎とその後の拘縮によるものと考えられているが、ステロイドパルス療法による消炎を行っても半数以上は残存する。兵庫医大では過去18年間にわたってGOに伴う斜視458例の手術治療を行った。その結果、術前正面視での複視を自覚したものは413例で、1~数回の手術で複視が消失したものは357例(86.4%)、プリズム装用で複視が消失したものは18例 (4.4%)、正面視では複視が消失できなかったものは38例(9.2%)であった。また、同一眼の再燃あるいは他眼の発症により複視が再出現したものは36例(7.9%)にみられた。最近ではA型ボツリヌス毒素(BTX-A)の斜視に対する適応拡大が行われ、当科でも外眼筋注射を活動性の有無にかかわらずGO患者32例に実施し、予想以上に良好な結果を得ている。さらにトリアムシノロンアセトニド(TA)の球後注射も併用し、手術を回避できる症例もでてきている。おそらく10年後にはGOによる斜視に対して、斜視角が変動する間はBTX-AとTAの注射で、安定すれば斜視手術でという方針が一般化する可能性がある。兵庫医大は最近までは眼窩減圧術を積極的に行っておらず、眼窩減圧術後の斜視についてはあまり症例の蓄積はない。そのため本講演では眼窩減圧術後の斜視手術に対する文献的考察も併せて行う予定である。
3.特別講演Ⅱ
甲状腺と私、そして60年
栗原クリニック院長 栗原 英夫 先生
私は1954年医学部を終えて東北大学第二外科に入局、手術の上手な外科医になって、田舎の小さな病院で、恵まれない患者さん達に立派な治療をして、手術もして、褒められて等々考えていましたが、桂重次教授(後の県立中央病院院長)から“甲状腺外科をやり給え”と命を受け、いやいやながら、でも、ひたすら甲状腺患者の機能検査と手術の勉強をしておりました。当時は甲状腺機能検査と言えば基礎代謝率でしたが、急いできた患者さんは15%以上の高値となり、正確な値はなかなか得られませんでした。
私は主に甲状腺131-I摂取率の検査をしておりましたが、これだけでは物足らず、1951年D.E.Clarkらが報告したPB131-I転換率を検査し学位論文を書き、その後も甲状腺ホルモン合成能を診る検査が他にないので、必要に応じて転換率の検査を続けてきました。しかし転換率の検査では、無機131-IとPB131-Iの分離が面倒で、新しい分離法は無いかと、考えに考えて60年、現在、イオン交換膜ユニットを用いた新法を考案し、転換率を測定しています。PB131-I転換率と60年間、まだ誰にもイオン交換膜ユニットを用いたこの新しい測定法は認められませんが、成績をまとめ楽しく論文を書いております。
10月26日の学会では、昔のバセドウ病の診断治療、突眼物質(EPS)、Long Acting Thyroid Stimulater(LATS)、TRAb、TSAb、甲状腺の手術、全摘術の可否などについてお話ししたいと思います。なお、バセドウ病、バセドウ病眼症の治療は如何にあるべきか?会場の皆さんと相談したいと考えております。
4.特別講演Ⅲ
甲状腺の病理-正常とバセドウ病の機能形態学
伊藤病院病理診断科長 山梨医科大学名誉教授
加藤 良平 先生
甲状腺は平均20gに満たない小さな内分泌臓器ですが、そこからはバセドウ病をはじめ多くの疾患が発生します。私は甲状腺の発生、機能形態、癌病理学について検討し、いくつかの謎を解明してきました。本講演ではいくつかの問題における我々の検討結果を供覧したいと思います。
<甲状腺濾胞の機能形態>胎生期に甲状腺原基が咽頭から頚部を降下し、甲状腺が形成される。しかし、甲状腺濾胞は1個の細胞が増殖してできたものか、複数の細胞が集まって形成されるものかについてはよく知られていませんでした。そこで、GFAPのキメラマウスを作成し、甲状腺濾胞が複数の細胞から形成されることを証明しました。ヒト甲状腺で、甲状腺ホルモンを免疫染色してみると、濾胞個々により染色性のパターンや強度が異なります。すなわち、濾胞の機能は種々多様であることがわかりました。そこで、濾胞機能の多様性の謎を解くために、種々の物質を濾胞上皮細胞の培養細胞株に入れてやり、遺伝子の発現パターンを検討しました。すると、サイログロブリンの濃度により種々の甲状腺関連遺伝子の発現が抑制されたことから、甲状腺濾胞には血中のTSHとは別に独立した機能制御機構があることが示唆されました。
<甲状腺濾胞の機能多様性の消失>バセドウ病に罹患すると、濾胞間での機能多様性が消失し、びまん性過形成の状態になります。このびまん性過形成は組織学的には非常に軽度なものから上皮の増殖が強くて充実性になるものまで認められます。なかには、橋本病のようにリンパ球浸潤が非常に強く、いわゆるHashitoxicosisと呼ばれる所見を呈します。
バセドウ病(甲状腺)眼症は、TSH受容体や外眼筋抗原に対する自己免疫(自己抗体)を背景に発症し、外眼筋や球後組織に炎症をきたしたものと考えられている。
本発表では、これまで研究してきた正常甲状腺の機能形態と少しバセドウ病甲状腺組織の変化についても述べてみたいと思います。