第5回岩手甲状腺眼症研究会抄録

【 更新日:2014/10/18 】

話題提供1

過去5年間における当院での甲状腺眼症治療について

小笠原眼科クリニック院長 小笠原 孝祐

平成20年1月から平成26年7月末までに当院を受診した甲状腺機能亢進症(バセドウ病)患者さんは365名であり、眼症についての評価はNOSPECS分類を基本とした判定基準にて評価してきた。眼症は眼球突出、眼瞼の異常、前眼部(角膜、結膜の炎症)、眼球運動障害、眼筋肥大に基づく続発性眼球運動障害(後天性斜視)、外眼筋肥大、脂肪組織の増生による圧迫性視神経症などが治療対象となる。このうち角結膜障害を除いた症例の治療内容について報告する。

(1)眼瞼については眼瞼腫脹(Enroth sign)ならびに眼瞼後退(Graefe sign)、瞼裂開大(Dalrymple sign)に対するケナコルト注射治療を施行した症例が109名176眼(両眼施行例67名、片眼施行例42名)であった。(2)外眼筋肥大による眼球運動障害に対し、ケナコルトのテノン嚢下注射を施行した症例は4例4眼、球後注射施行例は11名11眼であった。(3)後天性斜視症例に対する手術は29名に施行しており、単筋手術例が21名(下直筋後転17名、内直筋後転4名)であった。また、複数筋手術は8名に施行しており、そのうち上下直筋手術例が5例、内外直筋手術例が3例であった。(4)ステロイドのパルス治療(岩手県立中央病院または岩手医科大学に依頼)を施行した症例は27名であり、そのうち緊急性を要すると判断された圧迫性視神経症は7例であった。また、ステロイドパルス治療に放射線の球後照射治療を併用した重症例が5例あった。(5)ステロイドパルス治療を行った患者さんのうち、いわゆる悪性眼球突出と判断され、眼窩減圧術の適応と考えられた5症例については、愛知医科大学眼科の柿崎裕彦教授に紹介した。

今回は、当院で経験した上記症例の代表例について紹介させて頂くとともに眼科開業医における甲状腺眼症治療の基本的な方針と限界について述べさせて頂く。

話題提供2

眼窩内の多すぎるTSH受容体を減らすのが、バセドウ病眼症の根本的治療である(仮説)  

栗原甲状腺クリニック 佐々木 純 先生

6例のMarin-Lenhart症候群を経験した。これらの6例はGraves病と、過機能性甲状腺結節の合併と見なし得た。この症候群の結節と結節以外の部分は131Iシンチグラムをみても、或いは文献によれば、組織学的にみても、大きな差は無かった。従って、この両部分の病因の少なくとも一部は共通しているはずである。ところが現在の通説によれば、結節部分はTSHと無関係に甲状腺ホルモンを過剰産生する自律性腫瘍であり、結節以外の部分は抗TSH受容体抗体で刺載されている自己免疫疾患である、という説明になる。かつ二種類の甲状腺機能亢進症が、1個の甲状腺の中に隣り合って共存しているという、理解し難い説明になってしまう。これらふたつの学説は、片方あるいは両方ともに、誤りである可能性が高い。しかし、これらの両甲状腺部分が、ともにTSH刺載に対して過敏すぎる、或いはTSH受容体が多すぎる、と仮定すれば、すべての現象が矛盾なく説明できる。過機能性甲状腺結節が、TSH刺載に対して過剰反応することは、既に証明されている。Graves病甲状腺腫の中のTSH受容体が、異常に多いことも既に知られている。その多すぎるTSH受容体を中和して、この疾患を自然治癒させる為に、抗TSH受容体が作られると推察される。抗体は抗原に結合すると離れないから、不運にもTSHに似てしまった、この抗体は抗原であるTSH受容体に結合したまま、いつまでも甲状腺を刺激し続けて、甲状腺機能亢進症を悪化させていると推察される。治療はTSH受容体を減らすことである。

特別講演1

甲状腺眼症とバセドウ病治療

伊藤病院内科  鈴木 美穂 先生

【はじめに】甲状腺眼症はバセドウ病や橋本病、Euthyroid Graves’ diseaseなどで生じ様々な病態が影響するがバセドウ病(GD)に合併しやすい。治療選択の際には眼症悪化に注意を払いながら方針を決定する。

GD治療には、抗甲状腺薬(ATD)による薬物治療、131I内用療法(RIT)、手術療法がある。本邦では9割が薬物療法で治療されている。3つの治療法には長所と短所があり、患者の特徴に合わせて治療方針を決定する。

まず、眼症を悪化させる因子としては喫煙、甲状腺機能亢進症、甲状腺機能低下症(TSH上昇)、TSH受容体抗体高値、RITなどが知られている。

RI後の悪化は海外で報告されているが、本邦での多数例でのRCTの報告はない。今回、伊藤病院において検討したのでこの成績を報告する。

【対象】2011年6月から2012年6月にMRIを含む眼科精査後に当院で初回RITを施行したGD566例で重症・活動性眼症などを除外後、予防的ステロイド投与群(ON群)209例、非投与群(OFF群)219例に無作為に割付けた。無作為化対照前向き研究でRIT約 1年後まで追跡した。

【目的】①RIT症例のGD・GO特徴、②RIT症例に対する予防的経口ステロイド剤の効果、RITを治療経過への影響・副作用の検討、③予後因子解析について検討した。

【結果】RIT症例ではGDの経過が長い症例が7割を占めGO所見を8割に認めた。RIT後GO悪化は428例中、MRI所見を含めると7.7%、治療を要す例は1.9%であった。RIT時GOなし82例中の悪化による新規発症は3.6%ですべて軽症だった。少量経口PSLは安全な治療であったが1年後のRIT後GO悪化の抑制効果は認めなかった。RIT予後因子として男性・TSAbが抽出され、TSAbはさらにRIT時CASに関連した。

【考察】本研究結果から少量経口PSLはRIT1年後のGO予後に影響しなかったこと、RIT後GO悪化に対する治療例はわずかに1.9%であったことから、非活動性GO・GOなしの症例でのRIT時には予防的ステロイドを行わないことが推奨される。

特別講演2

甲状腺眼症 : 画像はどこまで疾患を把握できるか

札幌医科大学眼科准教授  橋本 雅人 先生

甲状腺眼症はこれまでの免疫学的研究によると、眼窩後組織内に存在する線維芽細胞が眼窩内に浸潤したT cellの標的細胞であり、活性化された線維芽細胞はその産物として粘液多糖体であるグルコサミノグリカンを眼窩内脂肪や外眼筋内に蓄積する。これが眼球突出や外眼筋の線維化などの不可逆的変化をもたらす。我々は以前に、プロトンMRスペクトロスコピー(1H-MRS)を用いて眼窩脂肪内に存在するグルコサミノグリカンの一種であるコンドロイチン硫酸プロテオグリカンを検出できることを見出し、甲状腺眼症患者では正常人に比べて、コンドロイチン硫酸プロテオグリカンの眼窩内濃度が高いことを示した。さらにこのコンドロイチン硫酸プロテオグリカンの眼窩内濃度は、甲状腺眼症患者においてステロイドパルス療法前後で変化がないことが示されており、一度眼窩内に蓄積すると不可逆的な変化をもたらすことを示唆する結果と思われる。

近年、画像による甲状腺眼症の臨床評価法として注目されるのは解像度の高い3-Tesla MRI装置を用いたSTIR(Short Tau Inversion Recovery)法である。この手法を用いた甲状腺眼症の活動性評価について紹介するとともに、我々が現在研究テーマとしている高磁場強度MRIを用いたT2マッピングによる甲状腺眼症の臨床評価についても述べてみたい。また従来の拡散強調画像では眼窩部病変の描出が困難であったが、近年エコープラナー法を用いない拡散強調画像(DSDE-TFE:3D turbo field echo with diffusion-sensitised driven-equilibrium preparation)が開発され眼窩部の描出も可能になってきた。DSDE-TFEとそのADC画像を用いた眼窩疾患の評価法についても最近の知見を交えて講演していきたい。

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