平成6年10月号(№15) アメリカ特集 その2

【 更新日:1994/10/22 】

~ハロウィーンの思い出からみた米国~

ハロウィーンという言葉が日本で知られ始めたのは3~4年前からだと思われるが、昨年そのハロウィーンパーティに訪れる家を間違えたために留学生の服部剛丈君が射殺される事件が起きて以来、ハロウィーンについての知識を持つ人も増えたようである。
 ハロウィーンとは万聖節前夜祭(諸聖徒日)と訳されるイギリスやアメリカの年行事の1つで、古代ケルト人に起源を持つ新年と冬を迎える祭りで、夜には死者の霊が家に帰るといわれる(日本のお盆に近いものと考えればよいかもしれない)。アメリカでは10月31日にカボチャのちょうちんを飾り、仮装した子供たちが近所の家をまわり、『Trick or Treat』(何か芸をするか、何か食べ物をめぐんで下さい)といってお菓子をもらって歩くのである。
 小生も滞米中に2回のハロウィーンを経験した。2人の子供たちも仮装して近所の家を訪れたくさんのお菓子をもらい、とても喜んでいたことが思い出される。しかし、前年にアメの中に薬が混入される事件が起こり、数人の子供たちが亡くなったり、安全性が問われたため、親が知ってる家(場合によっては前もって連絡しておく)だけに行くようになり、また、親が子供達のあとをついていくのが慣例になっているようである。
 アメリカは一般的には移住地域によって、その人種と生活レベルがわかる社会であり、我々が住んでいた町も例外ではなかった。従って、近所に黒人はほとんどいなかったが、ハロウィーンのときだけは約15kmも離れたダウンタウン(市の中心部:主に黒人が住み、白人はほとんど住まない)から多くの黒人が『物乞い』に来るのである。その光景は異様で、一種の恐怖感さえ覚えた。服部君もそのような一人に間違われたのであろうか。また、自分よりも大きい中学生以上の黒人の子供達がひざまづいてお菓子をねだる姿には哀れさを感じた。
 服部君の事件後も銃による犠牲者はあとをたたず、犯罪に苦悩する米国社会の改革への道は遠いようである。米国では、アルコールを売る店(リカーストア)の閉店時間がきわめて早く、アルコール類、たばこをはじめとする自動販売機がない(もしあればすぐに荒らされ、未成年者の犯罪に拍車をかけるであろう)というのも安全な日本に住んでいる我々には少々理解できないことであろう。

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