2005ARVO余話
2005年のARVOは5月1日から6日まで例年のごとくフロリダ州のフォートローダーデールで開催された。開業してからARVOに出席する機会はないと思っていたが、角膜知覚神経に関する研究の第一人者であるオランダのLinda Mullerのシンポジウムを聞きたかったことと、米国留学中のボスであるBarry Stein教授からの誘いもあり、夫婦で渡米することに決めた。また、久しぶりに米国本土の空気に触れ、昔の仲間との旧交を温めたかったというのも本音である。フォートローダーデールのARVOは初めての経験であったが、サラソタ時代に比し臨床系の演題が増加している印象を受けた。眼光学や純粋な屈折関係についてはサラソタで別の学会が企画される動きがあるとのことである。また、Ph.Dによる視覚生理領域の演題発表はNeuroscience Meetingにシフトしているように感じられた。これ以上のARVOについての紹介は町田助教授にお任せすることにして、僕は今回の滞米での偶感の一端を記してみたいと思う。
・機能を画像で知ることができる時代になった
僕が米国留学時代(1982年~1983年)にお世話になったStein教授は現在61歳であるが、過去に三度来日しており、1986年の日本神経眼科学会、1992年の日本眼科学会総会の特別講演も担当している。東洋の文化をこよなく愛する親日家でもある。彼は現在、ノースカロライナ州のWinston-Salem(Greensboroから車で約30分)にあるWake Forest大学医学部(東海大学医学部との姉妹校)のBasic science部門の部長(Dean)となっており、ARVOに出席する前の3日間御自宅に宿泊させて頂いた。Wake Forest大学は、同じノースカロライナ州にあるDuke大学のライバル校である。半日をかけて学生実習室と病院内を案内してもらったが、眼科臨床には特色がなく、Duke大学が断然リードしているようであった。その反面、Neurologyは全米でもトップクラスであり、バスケットボールコートが2面入るくらいのスペースに3テスラーのMRIと高性能CTが各3台あり、また2台のPETとともに驚いたことに7テスラーのMRIが設置されていた。NIHからのGrantを得て、視覚を含めたsensory oriented behaviorについてStein教授との共同研究に使うという。解剖・病理・組織学だけではなく、臨床においても眼科におけるOCT同様、機能の視覚化を目指す研究はこれからも発展するであろう。米国の医学研究への投資スケールの大きさに改めて驚くとともに、Grantの争奪戦においても二極化が進んでいることも確かなようである。米国の有名大学医学部は私立が優位となっている。Grantを取れる(スタッフも増やせるということ)優秀な教授を集めることができるからであろう。日本も私立医科大学の時代が到来する可能性は十分にある。
・フロリダで優雅な生活を送る研究成功者
Stein教授が今回のARVOに誘ってくれた理由の1つは、フォートローダーデールの北にある全米でも有名な高級リゾート地Palm Beachに2ルームのアパートメントを取得したからであったことは学会中に知った。アパートといっても100坪もあり、価格は1億2千万円位とのことであった。周囲にはハリウッドスターをはじめとする超有名人の何十億円もの別荘が立ち並んでいたが、その一角に僕が留学していたバージニア医科大学でpainの研究を行い、ノーベル賞候補といわれたDr. Dave Meyerの家があるという。彼は中脳の中心灰白質を刺激することにより、モルヒネ以上の疼痛除去効果が得られることを発見した人物であるが、モルヒネとステロイドを併用することにより無痛効果がさらに確実になることを立証し、臨床(内服、注射)治療の開発に寄与し巨万の富を得たとのことであった。58歳であっさり大学を辞め、現在は悠々自適の生活をしているという。難関医学部に入学できる我が国の優秀な人材の中からフロリダのPalm Beachに別荘を持つことができる医学研究者が現れる時代になれば、日本人が開業医を見る目線は変わるかもしれない。
・バッファロー肉のハンバーグ
Stein教授はグリーンズボロ空港で我々を出迎えてくれ、御自宅へ向かったが、その途中でスーパーマーケットに立ち寄った。その理由は、夕食に彼が手製のハンバーグを御馳走してくれるという。ちなみに、留学の際にリッチモンドに到着した日の夜も牛ひき肉を固めただけのハンバーグを作ってくれたことを思い出し家内と苦笑した。僕は得意の牛肉のハンバーグをその日も御馳走してくれると思っていたが、買い求めたのはバッファローの肉であった。「日本人はBSEが心配だろうから」が理由であったが、「米国ではBSEに罹患した牛はたった一頭しかいないんだけどね」という言葉には驚かされ反論もしなかった。一般的に米国人は食音痴であるが、バーベキューハウスの品定めの議論を真面目にするところがおもしろい。2日後、最も評判が良いという店に連れて行ってもらったが、味は正直no goodであった。
・良い医療を受けられることはstatus
資本主義国家である米国においては、医療を受けることは「権利」ではなく「特権化」していることをニューヨークで眼科を開業している新名美次先生が昨年の臨眼の講演中で述べていた。僕はStein教授が健康診断の結果、カリウム値が僅かに高いため、再検査に行く際に同行を許された。その時、医療制度の話をする機会があった。金持ちとはいわないまでも、民間保険料をしっかり支払える階級の人々には、米国医療への不満はほとんどないと思う。逆に収入の少ない貧しい人々にとってはきわめて厳しい医療社会である。Winston-Salemで昔の同僚から入手した電話帳広告(左)とフロリダの新聞広告(右)を掲載するが、米国医療と同じように日本にも混合診療が導入されれば、近い将来このような広告が我が国でも一般的になるであろう。また、右の広告のMedicare Assignment Acceptedという文章(矢印※)に注目して頂きたいと思う。米国では政府のコントロール下にある保険としてMedicare(65歳以上の高齢者と身障者の保障制度)とMedicaid(低所得者のための保障制度)があるが、医師は診療報酬の少ないMedicareやMedicaidの登録選択権を持っており、この制度の指定を受けず、高い診療報酬を自分で設定することができるのである。すなわち、お金がない患者さんの診療を実質的に拒否することができる形となっている。先進医療がすぐに導入される米国の保険業界の集金高は桁が違うが、米国最大の自動車メーカーであるGMにおいて、従業員の保険料の支払がその経営を圧迫し始めているという最近のニュースは、米国の医療制度の新たな展開を予感させる出来事ではないかと感じている。