第33回学校保健学校医大会
時代に即した実効性ある眼科健診の取り組み
医療法人小笠原眼科クリニック
小笠原 孝祐
<はじめに>
時代の変革と児童生徒の多様化が進む中、学校保健の果たす役割は年々増加している。一方では、医師の偏在傾向に歯止めがかからないことによる学校医の地域格差についての解決策も考えていかなければならない。眼科学校医は定期学校検診以外の眼科学校保健への関わりが必ずしも十分ではないことも反省しなければならない。このような背景から眼科学校検診ならびに眼科学校保健について、33年間の経験と取り組みを基にまとめてみた。
図1に学校保健年表を示すが、昭和33年に眼科医が学校医に加えられてから50年以上が経過している。その間、3歳児健診に視力検査が導入されるとともに学校検診における視力検査には3・7・0方式が導入され、色覚検査は平成15年に健診の必須項目から除外されている。また、学校教育法は現在、学校保健安全法へ改題された。
眼科学校検診はいわゆる“あっかんべー検診”といわれる外眼部検診のみで終了している場合も多く、児童生徒ならびに保護者から評価されるような内容でない場合も多々見受けられることも事実である。しかしながら、現在、徐々にではあるが外眼部中心の検診から視機能重視の検診へ移行していることは喜ばしいことであり、それについての啓発ならびに保護者の理解も進んでいると思われる。
視機能重視の検診が浸透した大きなきっかけは、1981(昭和56)年にノーベル医学・生理学賞を受賞した米国のHubel、Wiesel両博士が屈折性弱視や不同視性弱視の機序を解明し、視覚の発達には感受性期間があり、少なくとも就学前までに弱視を発見し、治療しなければ視機能の回復が得られないまま成人になってしまうことを明らかにしたことである(図2)。
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図2 |
<眼科学校保健へのこれまでの取り組み>
これまで眼科学校保健の充実を目指して種々の点について取り組みを行ってきた。年齢・学年を考慮した検診を実施すること、外眼部疾患から視機能重視の検診を行うこと、また、限られた時間内における有効な眼科学校検診を心がけ、学校医・養護教諭の連携を密にすること、学校保健委員会を通じた啓発活動を行うこと等であるが、眼科医過疎地への対応は今後も課題として残っていると考えている(図3)。
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図3 |
眼科検診のポイントとしては、年齢別に就学前、小学校低学年の場合には、斜視・弱視の早期発見を行うこと、高学年では視力低下予防、色覚異常者への指導、中学校では眼鏡の適正使用、また、この10年以上色覚検査が健診の必須項目から除外されていた関係で、色覚検査を受けていない中学生が多く存在しており、その子供達を確認する必要がある。さらには中学校から高等学校に進学し、その学年が上がるのに比例してコンタクトレンズ使用者が増加の一途を辿っているため、コンタクトレンズ使用者の検診と啓発が重要と考えられる。また、スマートフォンの適正使用に関する指導にも眼科医が役割を果たさなければならない(図4)。
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図4 |
基本的な小学校の眼科学校検診モデルの一案としては、外眼部検診については手持ちスリットランプを必要な場合に用いること、1年生全員には眼位検査を行うこと、左右の視力に2段階以上の左右差(AC、AD、BD)がある場合、あるいは両眼C以下の生徒に対しては屈折検査を、出来ればスポットビジョンスクリーナーを用いて行うことを提案したい。これらの内容を実施しても500名規模の学校の場合には手際がよければ2時間以内で終了することが出来る(図5)。
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図5 |
また、検診を行うだけでは学校保健の目的を達することは出来ないことは明らかであり、検診後事後通知用紙を作成し、その統一化は重要である。元岩手県眼科医会会長の渥美健三先生の御指導の下、その実現には3年間を要したが、平成9年から岩手県内では統一化した眼科検診事後通知用紙が配布されているものと思われる。しかしながら、未だに検診後の受診率はそれほど高くなく、60%前後であると推測され、その向上が望まれる。
現在の眼科検診において、どのような機器を準備して行うことが理想的かという点については、私は眼科検診用セットとして図6の内容を準備している。定価ベースで200万円以上かかることになるが、学校医の役割と報酬を考えた場合には、個人負担をしても価値があると思っている。また、スポットビジョンスクリーナー※を各教育委員会で準備して頂ければ各学校医の個人負担は大きく減ることになる。
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図6 |
※スポットビジョンスクリーナー
2015年5月に我が国に導入された新しい機器であり、測定原理は23個の赤外線光源より発した機械の反射を測定し、そのデータを基に屈折を数値として出すというものである。実際には3歳児以上であれば怖がらずに十分に検査を行うことが出来る。その場でデータを解析することが可能であり、就学前検診にとってはまさに画期的な機器と言える。 |
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<コンタクトレンズと学校保健>
中学から高校に学年が上がることに伴い、コンタクトレンズ使用者が増加し、コンタクトレンズによる合併症の生徒も残念ながら増え続けている。コンタクトレンズの使用が原因でWHOで規定した失明(視力0.05未満)に至る患者が、我が国において年間100人以上もいることを知っておかなければならない。
コンタクトレンズに関する諸問題は多岐に渡るが、最大の問題はインターネットによる通信販売でコンタクトレンズを購入する生徒が増え、コンタクトレンズを使用することの危機意識の低下と相まって、コンタクトレンズ障害患者が増加するという負のスパイラルが生じているということである。国民生活センターでは、医師からの事故情報を元に注意文書を発しており、コンタクトレンズが高度管理医療機器クラスⅢ、すなわちペースメーカーや人工関節等と同じレベルの医療機器であるのにも関わらず、このような問題が解決されないのは非常に残念なことである。
昨年9月26日厚生労働省は「コンタクトレンズの適正使用に関する情報提供等の徹底について」という文書を出したが、我が国におけるコンタクトレンズについての行政指導は先進国中最低水準であり、コンタクトレンズを購入する前の処方箋の義務化はなく、それについての罰則規定も存在しない。このような状況下では自分の目は自分で守っていくことが必要であり、コンタクトレンズ使用者への啓発活動の重要性を認識しなければならない。
私は中・高校生に知ってほしいコンタクトレンズの話というパンフレットを作成し、これを中学生、高校生に配布し、養護教諭に御協力頂き、保健指導を行っている(図7)。また、高校生の場合にはさらに質の高い啓発活動や学校文化祭を活用した活動を行っている(図8)。
コンタクトレンズライフというのは1日ならびに1週間のコンタクトレンズの使用時間の予定表を作成させ、養護教諭に指導して頂くものであり、眼鏡との併用が大切であることを伝え、コンタクトレンズ使用時間が長くならないようにすることが大切である。
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図7 |
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図8 |
コンタクトレンズの管理とケアがいかに重要かを知ってもらうために少しハイレベルではあるが、普通寒天培地にコンタクトレンズケースの細菌培養実験を行った様子、また最近問題になっているカラーコンタクトレンズの劣悪な材質による色素溶出実験を行っている様子を示す(図9)。
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図9 |
<まとめ>
眼科学校保健において学校と養護教諭との連携とともに保護者への啓発が極めて重要である。学校検診結果、保護者からの質問への校医の回答、最近の医学的話題等を学校保健委員会だよりに掲載することは、極めて意義があるものと考えている。
眼科学校医過疎地対策については、各市町村、教育委員会が3歳児あるいは就学時検診にスポットビジョンスクリーナーを導入して頂きたいと切に要望したい。また、児童の視力検査については、眼科医がいない地域においては視能訓練士が視力検査指導を養護教諭に行って頂くこと、あるいは検診しか行えない学校の場合には保護者からの質問に対して眼科医会会員からの回答、指導を行う体制を作って頂ければと願うものである。
眼科学校保健は公衆衛生活動の一環と考える必要がある。眼科学校保健を充実させるためには学校長、学校医、養護教諭の熱意が必須である。学校保健委員会を介した保護者への啓発活動の充実に取り組んで行くこと、また、眼科医会と視能訓練士との連携強化は眼科過疎地対策上、極めて重要と考えられる。学校保健を少しでも改善させるためには相応の努力と継続が必要であることを強調したい。学校保健活動が次世代に受け継がれ、発展していくことを願って止まない。
今回は色覚検査には言及しなかったが、学校保健学校医大会当日に皆様に配布した眼科学校保健資料集のCDの中に色覚検査関連資料も含まれているので、自由にダウンロードし御活用頂ければ幸いである。
<参考文献>
1.小笠原孝祐
就学時健康診断における眼科健診改善の試み
学校保健の研究,12-13,1990.
2.佐々木智子・渋谷政子・柳原しのぶ・紺野美香・皆川ふみえ・小笠原孝祐
本県における三歳児健康診査と眼科-視能訓練士の立場から-
岩手県立病院医学会雑誌31(2):71-72,1991.
3.小笠原孝祐
就学時眼科検診改善の試み
いわて医報494:44-45,1992.
4.小笠原 孝祐・近藤 駿
小・中学校における眼科定期検診ならびに事後通知統一化について
いわて医報518:24-25,1994.
5.小笠原 孝祐・近藤 駿
幼稚園・保育園における眼科健診の取り組みについて
いわて医報653:16-17,1997.
6.畠山 典子・遠藤 由佳理・小笠原 孝祐
保育園・就学児眼科健診への手持ち式自動屈折測定器導入の試み
いわて医報569:22-23,1998.
7.小笠原 孝祐
高校生におけるコンタクトレンズ使用状況の実態
日本の眼科70:1051-1054,1999.
8.小笠原 孝祐
『学校医はどこまでやれるのか -その役割と限界-』
いわて医報594:53-54,2000.
9.小笠原 孝祐
中学生におけるコンタクトレンズ使用状況の実態
いわて医報606:9-12,2001.
10.小笠原 孝祐
眼科と小児科の接点
2008年度もりおかこども病院年報・紀要(12):58-61,2009.
11.小笠原 孝祐
視力検査を含めた幼稚園・保育園眼科健診の実施率向上に期待
日本の眼科81(11):1493,2010.
12.岩崎 紀子
コンタクトレンズ利用者への保健指導~危機意識をたかめるために~
健42(4):76-80,2013.
13.小笠原 孝祐
中・高校生に対するコンタクトレンズについての実効性ある学校保健活動
第45回全国学校保健・学校医大会抄録集 第5分科会-眼科:26-30,2014.
14.小笠原 孝祐
弱視の早期発見における就学前健診の重要性
保育と保健ニュース73:4,2016